vol.16 ベニシタバ
解説編
『紅、燃ゆる』
【Catocala electa ベニシタバ ♂】
(2019.9.3 岐阜県高山市新穂高 )
(同♀)
(2019.9.3 岐阜県高山市新穂高)
(裏面)
(2019.8.2 長野県大町市)
世界有数のカトカラ研究者である石塚勝己さんは、ベニシタバのことをこう評しておられる。
「新鮮な個体の後翅は、息を呑むほど綺麗な淡紅色で、目本産の鱗翅類で敵うものはない。まさに日本で最も美しい鱗翅類である(やどりが 217号,2008)」
そこまでは美しいとは思わないけど、言わんとしておられることは解る。確かに鮮度が良い個体はハッと目を見張るほどの美しさだ。羽化後、間もないものを見た時は、闇夜に燃ゆる紅の炎を見たような気がした。暫し見惚れたのを思い出したよ。
ピンクとグレーの組合わせと云うのもベストな配色だろう。ピンクを最も美しく見せる色といえば、グレーなのだ。しかも、この明るいグレーとの組合せが一番キレイだ。
ここで、『ι(`ロ´)ノそれって白か黒でしょうよ!』と云うツッコミが入りそうだが、白と黒は他の色でも抜群に合う組合わせなので除外しての話だ。白と黒は赤であろうと青であろうが何にでも合うからだ。黄色だって、緑だって、果ては茶色やドドメ色にだって合うのだ。そこは、あえて言う程のことではないと思ったのさ。
蝶には、こういう鮮やかなピンク色の翅を持つものは殆どいないから(註1)、素直にこんなピンキーな蝶が日本にも居たらいいのにな。
ふと思ったんだけど、美の概念は世評や常識に邪魔されやすい。例えば蝶と蛾の中で美しいと言われているものを蝶蛾の区別なくアトランダムに一同に並べたとしよう。それを愛好家ではなく、一般ピーポーに見せて美しいと思うものに投票してもらったとしたら、どうだろう❓意外な結果になるかもしれない。
あえて愛好家を外したのは、業界で言われている評価、既存の概念に左右され易いからだ。そこには純粋な美しさ以外の珍品度とか、採集の難易度、個人的な思い入れ等が加味されがちだ。また、蛾というだけで、美しさが毒々しいという感情に反転することもあるだろう。
知識のない一般ピーポーならば、その心配はない。
そうなると、ベニシタバなんかは若い女の子たちから高評価を得て、上位に食い込むかもしれない。普通種のベニシジミ(春型)なんかも票を集めるかもね。
好みは男女の差もあるゆえ、評価が割れるものもあるだろう。ベニシタバも乙女のカッちゃん辺りだと高い点数をつけそうだが、普通の男性の評価は低いかもしれない。男でピンク好きは乙女かロリコン星人だと相場が決まっているのだ。
それに男なのにピンクを好きだと公言したら、何言われるかワカンナイ。たとえ好きでも、隠れキリシタンみたく地下に潜るだろう。エロエロエッサイム、エロエロエッサイム、きっとそこで夜な夜なピンクのド派手な衣裳を纏った者どもが狂乱の宴にトチ狂うのだ。きっと淫靡なことも行われているに違いない。羨ましい限りである。ピンク色は人を惑わせ、狂わせる色なのかもしれない。
一方、自分は青系に極めて反応する人なので、青とか青緑色のモノを選ぶんだろな。冷静沈着の男なのだ(笑)
人の好みって千差万別だよね。
こうなってくると、世間一般の男女別好きな色はどうなってるんじゃろ❓と気になってくる。調べよっと。
ネットで見た或るアンケート調査によれば、こないになっていた。
男性の好きな色 ━ 青、赤、緑、黒、水色
女性の好きな色 ━ ピンク、青、水色、緑、赤
ほおーっ、やっぱり女性はピンクが好きなんだね。
とはいえ、これは2006年と少し古いアンケート結果みたいなので、最新のもの(2019年)も見てみた。
男性の好きな色 ━ 青、緑、黒、赤、白
女性の好きな色 ━ ピンク、白、青、オレンジ、緑
少し変わっているが、やはりピンクは強いね。女性がこんなにもピンク好きだとは思ってもみなかったよ。思ってた以上に好きなんだね。
参考までに嫌いな色も書いとこう。
男性の嫌いな色 ━ 無し、ピンク、紫、金、茶色
女性の嫌いな色 ━ 無し、ピンク、紫、赤、灰色
男性が嫌いな色の上位にピンクが入るのは予想通りだったけど、何と女性の嫌いな色でも単独だと1位に入っている。ピンクって、そんなにも好き嫌いがハッキリしている色なのね。驚いたよ。
前置きが長くなった。毎度の事ではあるが、またしても話が大幅に逸脱。しかものっけからでスマン、スマン。
それでは、そろそろ解説編を始めよう。
【学名】Catocala electa zalmunna Butler,1877
今回も頼みの綱である平嶋義宏氏の『蝶の学名-その語源と解説-』には同じ学名が載っていなかった。
仕方がないので、今回もネットでググる。
最初に見つけたのは、植物の学名に関するサイトだった。
キク科に、Tagetes erecta センジュギク(千寿菊)、クワ科イチジク属には、Ficus erecta イヌビワに同じ小種名が付けられている。イヌビワといえぱ、イシガケチョウの食樹だったね。
それによると、erectaは「直立した」を意味するラテン語なんだそうだ。ソレって、エレクトしたアレの事とちゃうん❓ 基本、頭の中がエロ妄想充満だから、即そう思ったよ。
妄想はどんどん膨らんでゆく。ベニシタバがピンクでエロチックだから、記載者のバトラーが興奮してオッ勃てたのか❓ バトラー、やっぱり変態やんけー❗
でも何のことはない。語源は、木が真っすぐなことに由来しとるんだそうだ。左曲がりのダンディー、先走りのエロバカである。
早々と解決。めでたし、めでたしである。
しかし、どこか違和感を感じた。
( ̄O ̄)あらま❗、よく見ると綴りが微妙に違うわ。ベニシタバは綴りの2番目が「l」だけど、コヤツらは「r」になっとるがな。そうすっと、全然意味が変わってくるじゃないか。またイチからやり直しだ。ゲンナリする。この作業って、結構大変なんだよね。
しかし、( ´△`)あらら。ネットには、ゼニアのスーツのことがズラズラと出てきよる。道、険し。苦難が待っていそうだ。
エルメネジルド・ゼニア(Ermenegildo Zegna)といえば、イタリアを代表する世界的ファッションブランドだ。
このロゴマークを見たことがある人もいるだろう。
高級紳士服ブランドであり、高級スーツの最高峰としても有名だ。スーツは持ってないけど、ネクタイは何本か持ってる。非常に上質な織りで、質感が何段も上だ。手触りが違い、触るだけで幸せになれる。
内容を見ると、思った通りのスーツの広告だった。
あまり期待してなかったけど、そこには「electa」の意味もちゃんと書いてあった。
『「エレクタ」とは、ラテン語で高品質で優れた素材という意味があり、完成度が高く、高級感があります。」
何となく意味は解るが、「高品質で優れた素材」と言われてもなあ…。どう繋げてよいものやら…。
ちょっとここで、一旦頭の中を整理しよう。解りやすく説明する為に、どなたかがゼニアのスーツに関して書いた文章を添えておこう。
「ゼニアのスーツを着てみてわかるのが、スーツ生地の上質さ。軽くてなめらかで、生地の表面には上質なツヤがあります。あらゆる良質なものを知り尽くしたエグゼクティブたちが魅了されてしまうほどの質感なのです。」
「electa」は、如何にベニシタバが素晴らしい種なのかを讃えるに、悪い言葉ではない。しかし「高品質で優れた素材」というには抵抗感がある。なぜなら、ベニシタバは人工的に作られたものじゃないし、素材でもないからだ。言葉としてはそぐわない。
もっと彼女にとって相応しい言葉が他にある筈だ。探そう。
こんなんが出てきた。
主格 女性 単数形のēlēctus
主格 中性の 複数のēlēctus
対格 中性の 複数のēlēctus
呼応 女性 単数形のēlēctus
呼応 中性 複数のēlēctus
ēlēctusの女性形ってことか。女性と云うのは納得だが、あとは解るようでよくワカラン説明だ。だいたい「e」の上のウニウニの棒線って何なのだ?オデ、バカだからワカンねぇよ。もっと解りやすいのを探そう。
それで、やっと辿り着いたのが、コレ。
「候補者、選ばれた」。
何だそりゃ(;・∀・)❓である。
何の候補者で、誰に選ばれたのだ❓
ここで漸くラテン語「electa」が英語の「elect」の語源だと気づく。意味は「(投票で)選挙する、~に選ぶ、~を選ぶ、決める、選択する」。
同時に植物の学名の「erecta」は英語の「erect」の語源だとも気づいたよ。おバカちゃんである。
更に調べると、英語に対応した翻訳もあった。
「candidate」とあるから、コレは候補者でいいだろう。けど候補者って、いったいベニシタバとどうリンクするんだ❓ カトカラ人気投票でもあったんかい?何かズレてる感じで、シックリこない。
次の「選ばれた」は「one chosen」になっていた。これで納得がいった。翻訳すると、意味は「選ばれし者」だからである。これならゼニアの説明とも繋がる。高品質で優れた素材とは、謂わばオンリーワン、唯一の「選ばれし者」なのである。そして、そのスーツを着た者はエグゼクティブであり、また「選ばれし者」でもあると云うことだ。
つまり、この学名は美しきベニシタバに対する「選ばれし者」という最大の賛辞なのである。そう解釈すれば、スッキリする。間違ってたら、ゴメンだけど。
ついでに日本産に宛がわれた亜種名「zalmunna」についても調べてみよう。
一応、旧約聖書に出てくるコレかな❓
「Zalmunna(ツァルムナ)。ミディアンの王たちの一人。その軍と同盟者たちは、ギデオンが裁き人になる前の7年間、イスラエルを虐げました。ギデオンの少人数の部隊はこの侵略者たちを敗走させ、逃げる軍勢を追跡し、王のゼバハとツァルムナを捕らえて殺しました。」
誰かの翻訳だろうが、キリスト教徒じゃないから何を意味してるのかがサッパリわからん。
オマケに、おいおいの、王様だけどツァルムナ、ブチ殺されとるやないけー\(◎o◎)/
何で、Butlerがこう名付けたのかは皆目わからない。スンマヘン、匙を投げさせていただく。
【英名】The rosy underwing
underwingはカトカラのことを指すから、「薔薇色のカトカラ」ってところか。異論なしである。
【亜種】
Wikipediaには、以下の亜種が並べられていた。
・Catocala electa electa(原記載亜種)
・Catocala electa tschiliensis Bang-Haas, 1927
・Catocala electa zalmunna Butler, 1877
しかし、亜種の生息域は書いていなかったので、自分で調べたよ。
1番上は、ヨーロッパに分布するもので、これが原記載亜種(名義タイプ亜種)となる。
記載者は、Verbreitungで、記載年は1790年になっていた。
2番目の「tschiliensis(註2)」は、語尾に「ensis」とあるから、どこか場所を指しているものと思われる。
やや苦労したが、以下のような記述を見つけた。
Horae macrolep. pal. reg. 1: 89, Taf.11: 4, (Holot.: China, Chingan-Berge, Tschili, MNHU, Berlin)
「China, Chingan」は中国の長安のことだろう。長安は古い都の名前で、現在は西安と名前を変えている。西安は中国中央部にある陝西省の省都で、「Berge,Tschili」は5つの聖なる山の一つである華山(华山)の事を指しているのではないかと思う。
これが果して、その亜種なのかどうかはわからないが、一応中国産ベニシタバの画像を貼り付けておこう。
(出展『世界のカトカラ』)
画像を見ても、日本のものとどこがどう違うのかワカラン。
3番目は日本の亜種ですな。但し『ギャラリー・カトカラ全集』に拠ると、アジアのものは別種である可能性が高いらしい。根拠は特に書かれてないけどさ。
【シノニム(同物異名)】
・Noctua electa Vieweg、1790
・Catocala zalmunna Butler、1877
Butlerの記載はシノニムになってるんだね。
これを見ると、バトラーは「Catocala zalmunna」の学名で記載したって事かな❓でも既にViewegによって百年近く前に記載されていたことが分かり、亜種名に降格されって事かいな❓
けど、Viewegの記載もシノニムになっている。
何かややこしくねぇか❓
まあ、たぶん属名が「Noctua」から「Catocala」に変更になったことに伴うものだろう。
【開張(mm)】
岸田先生の『日本産蛾類標準図鑑』によれば、69~82㎜内外とあった。『原色日本蛾類図鑑』には、75㎜内外とだけあった。真面目に採った個体を一々測ってはいないが、たぶんそれくらいの大きさが平均だろう。
【分布】北海道、本州、四国、九州
西日本では少なく、四国、九州では極めて稀。
四国では剣山、天狗高原、瓶ヶ森林道などに記録がある。ブログ『高知の自然』によると「1960年代は夏に四国中央山地に行くと当時の弱い光源にもかかわらずいつも一夜に10頭近くも飛来するごく普通種だった。しかし年々数が減り、近年は図鑑の通りなかなか出会えないまれな種となってしまったことは残念で寂しい。」と記述されている。気候変動とか環境の変化とか色々あるんだろね。
九州では、福岡市脊振山,糸島市雷山,添田町英彦山,北九州市大蔵,久留米市高良山,八女市熊渡山、釈迦岳など福岡県を中心に九重・阿蘇の山地帯に記録があるが、他では散発的な記録しかないようだ。
中国地方では、ググると冠高原(広島県)、高梁市(岡山県)などに記録かあるようだが、他はようワカラン。
ι(`ロ´)ノえーい、面倒クセー。分布図を貼り付けとく。
(出展『日本のCatocala』)
(出展『世界のカトカラ』)
微妙に違うけど、下の分布図は県別なので注意されたし。
一応、両方とも中国地方には全県に記録かあるようだね。
近畿地方でも、奈良県以外は記録があるものの少ない。和歌山県では、護摩壇山から数例の記録がある。京都府は、京大の芦生演習林で記録されている。滋賀県と大阪府の記録は拾えなかった。兵庫県には比較的多くの記録があり、氷ノ山やハチ北高原など西播磨から但馬にかけての山地帯における個体数は少なくないという。但し、低地での記録は少ない。
気になったのは、その出現期で、8月中旬~9月下旬に見られるとあった。発生期としては、かなり遅めだからだ。まだよく調べられていない可能性もあるが、もしそうなら、興味深い。気温と何らかの関係があるかもしれないからだ。低地での記録が少ないと云うのが、解明の鍵となるのかな?
国外の分布は、ヨーロッパからウクライナ、中国、朝鮮半島、ウスリー、アムールと広いが、途中の中間地帯では分布を欠くという。
この下翅が赤系統のカトカラは、海外ではユーラシア大陸や北米に何種類もいて、そこそこ繁栄している。日本にも赤系のカトカラは、ベニシタバの他にオニベニシタバ、エゾベニシタバがいる。但し、系統はそれぞれ違うようだ。オニベニは幼虫の食樹がコナラ属なので、ベニ、エゾベニとは全く違うから容易に想像がつくが、食樹が同じであるエゾベニとも系統はかけ離れているという。
(オニベニシタバ)
(2019.7月 奈良市)
(エゾベニシタバ)
(出展『世界のカトカラ』)
近縁種には、中国四川省や雲南省にハイイロベニシタバ(S.martyrium)が、中国南部からインド北部にかけて、アカハラベニシタバ(C.sponsalis)がいる。
(ハイイロベニシタバ)
(アカハラベニシタバ)
(出展 2点共『世界のカトカラ』)
アカハラベニシタバって、最初はキレイだなと思った。けど、何かに似てるんだよなあ…と思ってよくよく考えてみれば、あの気色の悪くて大っキライなカシワマイマイ(註3)の♀に似てる。そう思ったら、急激に嫌いになったよ。
北米には近縁種が4種(C.amatrix、C.cara、C.carissma、C.concumbens)いて、これらは地史を考えれば、古い時代に北米大陸に渡って本種群から分化したと推察されるそうだ。因みに古い時代とは、第三紀中新世あたりかを推測されている。
補足すると、これはカトカラにはユーラシア大陸とアメリカ大陸に共通種がいないことからの推論だろう。
例えばチョウでは、パルナシウス(ウスバシロチョウ属)やコリアス(モンキチョウ属)は両大陸に共通種が幾つかいる(ウスバキチョウやミヤマモンキチョウなど)。この違いは何かと云うと、幼虫の食餌植物に起因するものと想像される。すなわちカトカラの食樹は木本植物であり、地史的に古い時代にユーラシアから北米へと適応放散していった(ユーラシア大陸と北米大陸が繋がっていた時代があった)。カトカラはそれに連動して分布を拡げ、進化したものと考えられる。一方、ウスバキチョウ属やモンキチョウ属の食餌植物は草本植物(ケマン亜科コマクサとスノキ科クロマメノキ)で、もっと後の新しい時代に適応放散したものと考えられている。それに伴いチョウも分布を拡大、進化した。この食性の違いが、両大陸に共通種の有り無しの差となっているというワケだね。
(出展『世界のカトカラ』)
上から、C.cara、C.carissma、C.amatrix、C.concumbensの順になる。
【レッドデータブック】
和歌山県:学術的重要
宮崎県:絶滅危惧II類(VU-R)
【成虫出現月】7~9月
成虫は7月初め頃から出現し、10月下旬まで見られるが、新鮮な個体が見られるのは8月中旬頃まで。
しかし、7月から9月に発生すると云う文献もあった。ちょっと信じがたいが、言われてみれば9月初旬に新鮮な個体を幾つか見てる。冒頭の展翅したものも9月の採集だが、鮮度が良い。標高は1500mだった。或いは、標高の高い発生地では羽化が遅れるのかもしれない。
何れにせよ、新鮮な個体を得たければ、基本的には7月から8月中旬に探しに行かれるのがよろしかろう。美しさのレベルが一段違うからね。
あっ、冒頭でベニシタバの美しさについて書いたが、言い忘れた。残念ながらその鮮やかなピンクは、鮮度が落ちると色褪せてくる。新鮮なものでも標本にすると、時間と共にその美しさが褪せてきて、十全には残らないのだ。
【生態】
垂直分布はエゾベニシタバよりも低く、エゾベニほど低温は好まないようである。自分が見た地点の標高は、750、820、830、1200、1250、1400、1500mだった。但し、環境は渓谷、高原、山麓、湖、湿原などと様々だった。
灯火にも樹液にも飛来する。珍品という程のものではないが、一度に多数が採集されることはあまりないようだ。自分も色んなところで見ているが、多くて2、3頭で、一度に多数の個体を見たことがない。
理由は色々考えられるけど、どれも弱くて決め手に欠け、結局よくワカンナイ。分布は広いが、どこでも個体数が少ないと言われる鱗翅類は他にもいるけど、その理由について述べられてるものをあまり見たことがない。本当は個体数は多くて、他に効率の良い採り方が判ってないだけだったりしてね。
灯火で見たのは1ヶ所だけだから、これについてはたいしたことは言えない。
9月の中旬に灯火採集に連れて行ってもらったのだが、その時に数頭見た。飛来時刻は比較的早く、8時台だったと思う。印象的だったのは、ライトトラップの周辺まで飛んで来るものの、そばまでは近寄って来なくて、光に照らされた夜空をビュンビュンに飛んでいたことだ。かなりのスピードで、飛ぶことが速いことで知られるスズメガの仲間とさして変わらないと思った。カトカラはマジ飛びすると、速いのだ。
樹液やフルーツ(腐果)トラップ、糖蜜トラップにも好んで集まる。樹液への飛来はミズナラで何度か見ている。時刻は午後9時くらいだったと思う。トラップには、8月だと早いもので日没直後に飛来したものもいたが、殆んどは午後8時を過ぎてからの飛来だった。深夜までポツポツと飛んで来る。9月は午後10時台以降にしか寄って来なかった。けんど、これはたまたまかもしんない。飛来条件は、気温や湿度、天気、標高などのその他諸々が複雑に絡まっているのだろう。
一つのトラップに、複数の個体が同時に集まったケースは一度もなく、全て単独での飛来、吸蜜だった。
但し、これもまだまだ経験値としてのサンプルは少ないので、飛来する時間や生態については断言は出来ないところがある。そういう傾向があったと云うくらいにとどめておかれたい。
文献によれば、果実への飛来例もあるようだ。ただ、何の果物かは書かれていなかった。
ベニシタバは、わりかし食いしん坊なカトカラなんだと思う。
長野県でサラシナショウマの花に訪れた例があり、兵庫県でもリョウブの花での吸蜜例がある。他に、山地高原で日中に花に訪れたという観察例もある。また、川原の砂地での吸水も観察されている。
成虫は日中、岩やカラマツ、アカマツなどの幹に頭を下にして静止している。『日本のCatocala』では、地面が明るい砂地だと、地面に近いヤナギに上向きに静止している事があるという。これは光の方向で止まる向きを定位させているとみられると書いてあったが、何のこっちゃやら意味があんましワカラン。地面からの光の反射の影響って言いたいのかな❓
静止時は他のカトカラと比べて鈍感なんだそうだ。トラップに飛来した時も、特に敏感だと云う印象を受けたことはないし、それほどビビッドなカトカラではないのだろう。
因みに、驚いて飛び立つと、着地時は上向きに止まり、一瞬紅色の後翅を見せて下向きになるそうだ。
発生初期に川沿いの小屋などの壁面に一時的に多数の個体が静止している事があるという。羽化直後の行動とみられ、その数日後には分散していたそうだ。エゾベニのように岩面に多数の個体が長期間見られることはなく、どちらかと云うと岩面よりも樹幹で見掛ける事の方が多いみたいだね。
【幼虫の食餌植物】
ヤナギ科のイヌコリヤナギ、バッコヤナギなどのヤナギ属(Salix属)全般を食樹としている。
(イヌコリヤナギ)
(出展『三河の植物観察』)
(出展『鎌倉発”旬の花”』)
余談だが、ガーデニングで人気のハクロニシキ(白露錦)は本種の園芸品種である。
他にケショウヤナギ、オオバヤナギ、ウラジロハコヤナギ、セイヨウハコヤナギ(ポプラ)でも幼虫が見つかっている。
ふと思ったんだけど、その辺に植わってるシダレヤナギ Salix babylonica は食わないのかな?また、飼育する場合の代用食にはならないのかな?一応同じSalix属だしさ。でも、そげな事は調べた限り、何処にも書いてなかった。
ヤナギ科でググってみると、ヤナギ類の同定は極めて困難みたいだ。日本には30種を軽く越えるヤナギ属の種があり、これらは全て雌雄異株。花が春に咲き、その後に葉が伸びてくるもの、葉と花が同時に生じるもの、展葉後に開花するものがある。同定のためには雄花の特徴、雌花の特徴、葉の特徴を知る必要がある。しかも、自然界でも雑種が簡単にできるらしい。
食樹をヤナギ属全般としているのは、そう云う事情もあるのかもしれない。植物のプロレベルでもないと、正確な同定は困難なのだろう。
少し気になるのは、ポプラを食うことだ。ポプラを食うのなら、同じヤナギ科ヤマナラシ(Populus)属のヤマナラシやドロノキにも付く筈だが、調べた限りでは何処にもそげな事は書いてなかった。
前述したが、因みに日本にいる後翅が赤系統の他のカトカラは、オニベニシタバがブナ科のQuercus属、エゾベニシタバがヤナギ科全般を食樹にしている。しかし、食樹の違うオニベニだけでなく、食樹が同じであるエゾベニとも系統は違うみたい。見た目だけでは測り知れないところがあるのね。
石塚勝己氏の『日本で最も美麗な鱗翅類、ベニシタバ(やどりが 217号,2008)』に拠ると、北米にいる後翅の赤いカトカラはヤナギ科やブナ科の他、マメ科、バラ科を食樹にしているものもいる。ユーラシア大陸には食樹は不明だが、形態等からバラ科食と予想されているものが幾つかあるという。
ベニシタバとエゾベニシタバは、何れもヤナギ科食で あるが、系統的にはかなり離れているそうだ。またヤナギ科食のカトカラには、ベニシタバともエゾベニシタバとも異なる系統のベニシタバ類もいる。ブナ科食の赤系カトカラ類にしても、オニベニシタバ種群と異なるいくつかの系統があるそう。ややこしいねぇ。
カトカラは食樹からある程度の系統が推測できるもの(北アメリカのクルミ科食のものなど)もいくつかあるが、全く推測できないものも多い。
このようにベニシタバと称されるカトカラでも、いくつもの系統があり、それらの系統ごとの関係もまだ明らかでないそうだ。
ベニシタバ種群は現時点でヨーロッパからウクライナ辺りに1種(東アジア産とは別種に分けてる?)、東アジアに3種、北アメリカに4種が知られている。これに対してエゾベニシタバ種群の種数は圧倒的に多いようだ。
【幼生期の生態】
(出展『イモムシ ハンドブック』文一総合出版)
今回も、この項は西尾規孝氏の『日本のCatocala』のお力を借りよう。
幼虫は比較的若い木に発生するが、エゾベニシタバが発生しないような低木にも発生する。また植栽されたポプラの老齢木でも発生することもある。
幼虫は5齢を経て蛹化する。幼虫の色彩は変異があるが、エゾベニシタバほどではなく、全体が白化したものや暗化したものがいる。
低山地にもよく発生し、エゾベニシタバよりもやや低標高地を好む。本州中部地方で多く見られるのは標高700~1500m。生息地は高原のイヌコリヤナギの灌木林からヤマナラシ・ドロノキ林、河川沿いのケショウヤナギ群落、崩壊地や河川の氾濫跡に繁茂し始めたヤナギ類の幼木など様々。
あっ、ヤマナラシとドロノキが出てきた。でも食樹としてはハッキリ書いてないんだよね。
卵で越冬し、長野県の標高1000mでの幼虫の孵化は5月上旬。1、2齢幼虫は葉裏や葉柄にいる。移動する際は尺取り虫にやや近い動きをするみたい。補足すると、尺取り虫も蛾の幼虫で、その姿が親指・人差し指で長さを測る様子を連想させることから「尺取り虫」と呼ばれいる。英語においても同様の発想から inchwormと呼ばれる。その特有な歩み方は、見る人によってはユーモラスで可愛らしい。
2齡期の途中から枝に静止している。5齢(終齡)幼虫は6月中旬から下旬に見られ、自身と同じ太さの枝や直径20㎝以下の幹に降りる。エゾベニのようにヤナギ類の大木の樹幹下部には降りない。
蛹化場所についての知見は無いそうだが、おそらく落葉の下で行われるものと思われる。
おしまい
追伸
次回、いよいよこの連載のシリーズ最終話になります。
しかし、ワードプレスのブログは金がかかるので、今日でお終いにします。たぶんまたアメブロに書きます。
(註1)ピンク色の翅を持つ蝶は殆んどいないから
全世界の蝶を知っているワケではないけど、鮮やかなピンク色の翅を持つ蝶といえば、アグリアス(ミイロタテハ)とスカシジャノメくらいしか頭に浮かばない。
日本にも、一応ベニモンアゲハというのが沖縄方面にいる。だけど、ピンクが印象的なのはベニモンアゲハくらいで、しかも裏面。ベニモンアゲハで、台湾固有種のアケボノアゲハの存在を思い出したが、これとて鮮やかなピンクは裏面である。
(註2)亜種「tschiliensis」
カトカラの世界的研究者である石塚勝己さんから、有り難いことに以下のような御指摘を戴いた。
「ブログ読ませていただきました。ベニシタバでtschiliensisという亜種は記載されたことがありません。間違いだと思います。おそらくケンモンキシタバの亜種として記載されたものです。」
ウィキペディアの野郎~Σ( ̄皿 ̄;;、騙しやがって。
前から解ってたけど、ウィキペディアの記述が全て正しいというワケではない。間違いも多いのだ。
一応、「Wikipediaによると…」と、一言ちゃんと書いといて良かったよ。
(註3)大っキライなカシワマイマイ
拙ブログにある『人間ができてない』の回を読まれたし。