vol.13 エゾシロシタバ 後編
解説編
『dissimilisの謎を追え』
エゾシロシタバの解説編である。
前回、エゾシロをろくに採ってない事は話した。なので御理解戴けるかと思うが、解説編でも生態面に関して何ら新しい事は書いていない。よって、殆んどが文献からのパクリになろうかと思う。というワケなので「~らしい、~みたいだ、○○なんだそうだ」の連発になりそうだ。おまけに初のオリジナル画像無しにもなりそうだ。早くも、そうだ、そうだの連発で先行き不安だが、それでも自分なりの解釈もあろうかと思う。面白く書けることを祈ろう。
【エゾシロシタバ】
(出展『世界のカトカラ』)
(出展『日本のCatocala』)
【学名】Catocala dissimilis Bremer,1861
小種名の dissimilis(ディッシミリス)の語源は、頼みの綱である平嶋義宏氏の『蝶の学名-その語源と解説-』にも近いものを含めて載っていなかった。
だが、おそらくlatin(ラテン語)由来だろう。何とかなりSODA。ちゅーワケで自分で探すことにした。
ネットでググりまくったら、わりと昆虫の学名には付けられているようだ。日本でもアマミノコギリクワガタ(Prosopocoilus dissimilis)やエゾスズメ(Phillosphingia dissimilis)に、その名がある。この2つ辺りが代表だろうが、ざっと見たところ他にも幾つかある。
・チャモンナガカメムシ Dieuches dissimilis
・ウスチャオビキノメイガ Yezobotys dissimilis
・テンウスイロヨトウ Athetis dissimilis
・アナズアリヅカムシ Batrisceniola dissimilis
・キアシチビメダカハネカクシ Stenus dissimilis
昆虫以外の鳥や貝などにも、この小種名がつけられているものがいるようだ。それだけあれば、何らかのヒントはつかめるだろう。
綴りとラテン語で検索すると、怖れた程には苦労せずにヒントが見つかった。
造語で、dis-➕similis(“resembling, like”)となっている。それで、だいたいの意味は窺えた。
resemblingは、resembleの現在分詞で「○○に似ている」だし、likeは「○○のような」という意味だ。
でも、いったい何と比して似ているのだ❓ 今一つピンとこない。対象物が浮かばん。
更に踏み込んで調べてゆく。
ラテン語だと、disには「二つに分かれて、分離の、逆に、甚だしく」の意味があるようだ。
また違うのが出てきた。嫌な予感がする。ぬかるみ世界が顔を覗かせとるがな。でも何かと似ていて、そこから分離されたと解釈できないこともない。
ググり続けていると、ようやく「dissimilis」そのものにヒットした。
意味は「異なった、異なる、異質の、~とは異なり、違う」。コレまた言葉は違(たが)えど、~と似ているが異なるものと解釈すれば、意味は同じともとれる。
おそらく学名に込められた意味は、これらをひっくるめたもので間違いなかろう。
例えば、Prosopocoilus dissimilis(アマミノコギリクワガタ)なんかの学名は、日本本土にいる普通のノコギリクワガタ(P.inclinatus)を基準に名付けられたものだろうと推察される。即ち見慣れたノーマルのノコギリクワガタと較べて異質で、別種として分離されるべきものだから「dissimilis」と名付けられるに至ったのではないかと想像する。
またアマミノコギリは南西諸島特産で島ごとに変異があり、7亜種(アマミノコギリ・トカラノコギリ・トクノシマノコギリ・オキノエラブノコギリ・オキナワノコギリ・イヘヤノコギリ・クメジマノコギリ)に分けられている。どの亜種も形や色にそれぞれ少しづつ変わった特徴を備えている事も関係しているかもしれない。これもまた、似ているが違うものだからね。
それらのパターンに則れば、エゾシロシタバの学名由来も似たような理由だと思われる。だとしたら、問題はエゾシロシタバが何と較べて異質で、何から分離されたかである。似ているが異なるモノの根本の存在を突き止めねばならぬ。
慌てる乞食は貰いが少ない。先ずは外堀から埋めていこう。答えのヒントは学名に隠されている筈だ。
記載者 Bremerはロシアの昆虫学者であり、自然主義者の Otto Vasilievich Bremer(オットー・ヴァシリエヴィッチ・ブレマーの事かと思われる。没年が1873年11月11日とあるから、活躍した時代とも合致するし、間違いないと思うんだけど…。もし間違ってたら、もう謝り倒すしかないね。けど同じ時代に、同じ名前の昆虫学者はそう何人もいないと思うんだよね。
Bremerといえば、セセリチョウの研究で有名ではなかったかな❓
『日本産蝶類標準図鑑』によれば、日本のセセリチョウだけでもイチモンジセセリ、コキマダラセセリ、チャマダラセセリ、ヒメキマダラセセリ、ヘリグロチャバネセセリ、ギンイチモンジセセリ、ミヤマセセリの記載者にその名がある。
因みに日本のカトカラではオニベニシタバとオオシロシタバの記載者名に、このBremerの名がある。カトカラの記載年は全て1861年。セセリは1852年と1861年の二つに分かれている。
もしやと思い、日本の蝶で他にBremerが記載したものはないかと探してみたら、あった。
オオミスジ(1852)、サカハチョウ(1861)、ミヤマシロチョウ(1861)、クロシジミ(1852)、トラフシジミ(1861)と5つある。そして、全てが1852年か1861年のどちらかの記載だった。蛾は分からないが、日本の蝶に関しては見る限り他の記載年はない。これは何処かから、その年に纏めて送られたきたものに命名したか、実際に其所に本人が訪れて採集したことを示唆してはいまいか❓もしかして、それは日本❓
となると、これら各種の分布が気になってくる。この中に日本固有種がいれば、ある程度それが証明できる。エゾシロシタバのタイプ産地も日本である可能性が出てくる。
だが探した結果、残念ながら日本固有種はいなかった。
(|| ゜Д゜)おいおい、また別のぬかるみにハマっとるやないけー。迷走必至のパターンじゃよ。
但し、共通項はあった。何れの種も日本、朝鮮半島、沿海州(ロシア南東部)、中国東北部に分布していることが分かった。ならば、その何処かである。即ち、タイプ産地が分かればいいワケだ。もう1回、図鑑を仔細に見直す。
ありました❗
ミヤマシロチョウの解説欄に、名義タイプ亜種のタイプ産地はロシア南東部と書いてあるではないか。だとすれば、他の蝶もタイプ産地はロシア南東部なのかな❓
日本がタイプ産地になっているものがある可能性を無視できないところだが、そう云う事にしておこう。調べるのが段々イヤになってきたし、それを追うことが本稿の第一の目的ではない。既にだいぶ本筋から逸脱しているのだ。
遠回りになったが、これらの事からエゾシロシタバに似ているカトカラはロシアにいる筈だ。
もしも本当にBremerがロシア人のO.V.Bremerその人ならば、ロシアに分布するカトカラを見て、エゾシロシタバを「dissimilis」と名付けたのだろう。だから、ロシアにいるカトカラの中からエゾシロに似ていて非なるものを探せばいい。或いは一見エゾシロに似ていないが、よく見れば似ているのを探せばいいのかな。ちょっと脳ミソが錯綜しかけているが前へと進めよう。
世界のカトカラを網羅した文献といえば、石塚さんの『世界のカトカラ』だ。
それ見りゃ、ソッコーで解決でけるんちゃうけー。楽勝やろ。
解決したも同然の気分で『世界のカトカラ』を開く。
ガ、ガビ━━━Σ( ̄ロ ̄lll)━━━ン❗無い❗❗
無いと云うワケではないが、相当するものが無い。下翅が黒いカトカラが殆んどおらんのだ。アメリカ大陸にはぎょーさんおるのに、ユーラシア大陸には1種類しかいないのだ。それもロシアじゃなく、トルコだ。
【Catocala viviannae ターキィクロシタバ】
(出展『世界のカトカラ』)
分布地はトルコで、非常に稀な種らしい。トルコ以外にはいないみたいだし、それにエゾシロシタバみたく小さくない。クロシオキシタバくらいはありそうだ。だいち下翅は黒いといっても全然似てないじゃないか。コレとエゾシロが似ているなんて言う輩がいたら、目が腐っとるとしか思えん。
それに決定的なのは記載年だ。記載は1992年。Bremerは百年以上前(1873年)に死んどるわい。有り得ん。
アメリカ大陸にしても、黒い下翅のカトカラは沢山いるのにも拘わらず、似てる奴が1つもおらん。デカイのばっかだし、皆さん上翅がカッコいい。
【Catocala flebilis カリモガリクロシタバ】
(出展『世界のカトカラ』)
カッコいいので、他にも幾つか並べちゃおう。
【Catocala agrippina アグリピナクロシタバ】
【Catocala epiona フチシロクロシタバ】
【Catocala palaeogama クルミクロシタバ】
【Catocala sappho カバフクロシタバ】
チンケなエゾシロシタバと比べられたとしたら、一緒にすな!と、みんな怒るで。
他にもカッコいいクロシタバはいるが、それは図鑑を買って見ましょうネ。
( ゜o゜)あらま、見逃していたが小さいのもいた。
【Catocala judith ユディトクロシタバ】
(出展 以下5点共『世界のカトカラ』)
下翅に白斑はないが、そこそこ似ている。大きさ的にもエゾシロシタバと同じくらいだ。
だが記載されたのは、Bremerが没した翌年の1974年。エゾシロよりも後の記載なので、似て非なる者にはあたらない。
見過ごしていたが、更に後ろの方にも小型のクロシタバが幾つかいた。
【Catocala miranda ミランダクロシタバ】
記載年は1881年だから、これも既にBremerは他界している。当然、候補から脱落だ。だいち、分布は局地的で非常に稀なカトカラみたい。有り得んな。
【Catocala orba ヒメクロシタバ】
これまた記載は1903年。枠外だね。
【Catocala andromedae コケモモクロシタバ】
似ているかもしんない。背景が白くて分かりにくいが、面積は小さいものの下翅の白斑の位置が同じだ。それに同じくらいの大きさか、やや小さいくらいで、エゾシロと大差ない。
記載は1852年。Bremerがバリバリ活動していた時期である。エゾシロよりも早い記載だし、普通種みたいだから、これは有り得るなあ…。
でも、わざわざ遠く離れたアメリカ大陸のカトカラを意識して学名を付けるものだろうか❓考えにくいところではある。判断が難しいところだ。
いや、この時代には下翅の黒いカトカラは、まだ現在みたいに沢山は発見されていない筈である。ならば、当然比較の対象になりうる。
一応調べたら、殆んどがBremerの死後以降の記載だった。生前以前の記載はコケモモクロシタバ、カリモガリクロシタバ、フチシロクロシタバ、クルミクロシタバ、ヒアイクロシタバ、ヤモメクロシタバの6種だった。クロシタバは全部で20種くらいだから少ない。やはり多くは1861年以降の記載と云うワケだ。6種だけなら、カトカラ全体の記載数もまだ少なかった時代だと推測される。ならば、Bremerが比較の対象をアメリカ大陸にも広げていたことは充分考えられる。
その6種のうち小型なのはコケモモクロのみである。
つまりアメリカ大陸に棲む下翅の黒いカトカラの中では、コヤツしか該当する条件を満たす者はいないと云うことだ。暫定だが、筆頭候補としよう。
他に考えうるとすれば、アジアのマメキシタバか…。
たしかマメキシタバは日本以外にも居たよね。
【マメキシタバ Catocala duplicata ♀】
(2019.8月 大阪府四條畷市)
マメちゃんは一見したところ、エゾシロシタバとは全然似てない。だが研究者の間では類縁関係が示唆されており、岸田先生の『日本産蛾類標準図鑑』には「翅の基本パターン、ゲニタリア(交尾器)の形態、幼虫の形態など類似点も多い。」とあった。だが、類縁関係は明らかでないとも書いてあった。
マメキシタバはロシア南東部にはいないようだが、日本や朝鮮半島、中国にはいる。エゾシロと分布が重なる地もあるのだ。その何処だかは分からないが、そこで両者が二つに分化した可能性はある。ちょっとだけ謎の解明に近づいたかもしれない。
ここで原点に戻ろう。学名「dissimilis」の語源と意味に、今一度立ち返ろうではないか。
これまで調べた語源と意味を全部並べてやれ。
「~に似ている、~のような、二つに分かれて、分離の、逆に、甚だしく、異なった、異なる、異質の、~とは異なり、違う」。
コヤツらを強引、豪腕で組み替えて1つにしたろ。
「エゾシロシタバとマメキシタバは共通の祖先種から二つに分かれて、更に分離が進み、やがて甚だしく違う異質なものとなった。しかし、両者は違うように見えて、よく見れば逆に似ている。」
ムチャクチャである。強引にも程がある。
Ψ( ̄∇ ̄)Ψケケケケケ…。もう行き詰まってて、マッドな男になっているのだ。
このままだとクロージングできない。もうヤケクソでバカボンのパパ風に言ってやる。
コレで、いいのだ。
学名はマメキシタバに比して付けられたとしよう。
もう、それでいいではないか。オジサン、疲れたよ。
Σ( ̄ロ ̄lll)え━━━━━━━っ❗❓
しかし、マメキシタバの記載年を確認して、ひっくり返る。マメキシタバの記載は1885年だ。Bremerは、もう死んどるぅー(T▽T)
マメキシタバは、その対象者じゃなかったって事だ。
もおーっ、どいつと似てて、異質なのぉー(*ToT)
う~ん。現時点では、エゾシロシタバはコケモモクロシタバと比して似ているが異なるモノとせざるおえない。
しかし、この「dissimilis」の語源の見立てそのものが間違っているのではないかと思えてきたよ。なぜにこの学名が採用されたのだ❓
お手上げだ。
参考までにシノニムを付記して、この頃を終えることにしよう。
Wikipediaによれば、シノニム(同物異名)には以下のようなものがある。
◆Ephesia nigricans Mell, 1939(nec Mell, 1939)
◆Catocala nigricans
◆Ephesia griseata Bryk, 1949
◆Catocala hawkinsi Ishizuka, 2001
◆Ephesia fulminea chekiangensis Mell, 1933
【和名】
シロシタバとつくが、シロシタバと類縁関係はない。
というか、下翅が白くない。白い部分は有るにしても、申し訳程度だ。大部分が黒い。なのにシロシタバなんである。初心者に混乱を引き起こしかねない酷いネーミングだ。命名者のセンスを疑うよ。脳ミソの中で、どれがどうなったら白シタバという名前が出てくるのだ❓
エゾクロシタバに改名した方がええんでねぇの❓
上につくエゾも酷いっちゃ酷い。エゾは蝦夷(註1)のことで、主に北海道を指しているのだが、これも安易。北海道で発見されたものや北海道や東日本に多いとか、北方系と考えられるものに、このエゾが付けられる場合が矢鱈と多いはしまいか❓
実際、昆虫の名前にはエゾが付くものは多い。
例えばエゾゼミ、エゾハルゼミ、エゾマイマイカブリ、エゾカタビロオサムシ、エゾシロチョウ、エゾスジグロシロチョウ、エゾミドリシジミ、エゾイトトンボ、エゾシモフリスズメ、エゾカメムシetc…と枚挙に暇(いとま)がない。
でもエゾゼミは九州にだっている。もともとエゾゼミはコエゾゼミとは異なり、南方系のセミらしいぞ。夏でも気温があまり上がらず涼しい北海道よりも、むしろ長野県や東北南部で多く見られる傾向があるというではないか。エゾハルゼミだって九州にいるし、エゾカタビロオサムシにいたっては奄美大島にまでいるみたいだぞ。何やソレ❓ってツッコミ入れたなるわ。
(-“”-;)んぅ❗❓ちょっと待てよ。もしも、記載は日本の北海道で採れたものからされたならば、和名をエゾとしても不思議ではない。北海道で最初に採れたんだったとしたら、その和名は有りでしょう。
しかし、ネットで調べてもタイプ産地が何処なのかワカラヘーン\(◎o◎)/
結局、Holotype=基産地が何処なのか見つけられなかった。おまえの探し方が悪いんじゃと言われそうだが、皆さんが思っている以上のパープリンなのだ。能力は低いもんね。
石塚さんが、新たなカトカラ図鑑を作っているという噂を聞いたけど、もし本当なら次の図鑑にはタイプ産地も載せて欲しいなあ。あと、裏面の画像も。図鑑でもネット情報でも裏面写真があまり無いから困るんである。種の同定をするには、裏面も大事だと思うんだよね。
因みに、Bremerのタイプ標本の大半はロシアのサンクトペテルブルグにある動物博物館にあるらしい(やどりが 190号 2001年 松田真平)。
言明はしないけど、総合的に考えると、たぶんエゾシロのタイプ標本はロシア南東部(沿海州)の可能性が高いかな…。明日、真平さんに会うだろうから訊いてみよっと。
【亜種】
◆Catocala dissimilis dissimilis
◆Catocala dissimilis melli Ishizuka, 2001
他にもあるかもしれないが、Wikipediaではそうなってた。
【変異】
前翅が著しく白化する個体がいるようだ。
↙こう云うヤツのことを言ってるのかな↘
(出展『東京昆虫館』)
どうやら白化と言っても、翅の付け根部分までは白くならないようだ。
また、黒化するものもいるという。
こんなんかな?↘
(出展『世界のカトカラ』)
何かカトカラじゃないみたいだ。小汚ないヤガの仲間にしか見えないぞ。
【開張(mm)】 45~50㎜
『みんなで作る日本産蛾類図鑑』には、そうある。『日本産蛾類標準図鑑』では44~51㎜内外となっていた。何れにせよ、日本ではマメキシタバ、ヤクシマヒメキシタバと並び、最も小さいカトカラである。
あっ、ナマリキシタバやアズミキシタバも小さいか…。
【分布】北海道・本州・四国・九州・対馬
『世界のカトカラ』の県別分布図によると、日本で記録のない都道府県は千葉県、奈良県、福岡県、沖縄県のみである。一方『日本のCatocal』の分布図では千葉県、山口県、福岡県、沖縄県が空白になっていた。
おそらく分布は主要な食樹であるミズナラとカシワの分布と重なるものと考えられる。
従って東日本に多く、西日本では少ない傾向にある。近畿地方の中心部では稀。九州でも稀。たぶん四国でも稀だと思われる(註2)。
何れもミズナラが自生する冷温帯、比較的標高の高い山地に棲息する。中国地方にはカシワが自生するので、西日本の中では比較的多いようだ。
ネット上に解りやすいミズナラとカシワの分布図があったので、添付しよう。
(ミズナラ分布図)
(カシワ分布図)
(出展 2点共『www.ffpri.affrc.go.jp』)
この二つを重ね合わせたものが、エゾシロシタバの実際の分布に近いのではなかろうか?
これを見れば、近畿地方の真ん中がポッカリ空いているし、九州地方に少ないのも理解できる。
四国にはカシワはないが、ミズナラは中央の四国山地に案外あるなあ…。結構いるのかもしれない。
近畿地方では全府県で記録されているようだ。
但し、前述したように少ない。ネットで記録を拾っただけだが、以下の場所で記録されている。
大阪府 貝塚市和泉葛城山
奈良県 奈良市近畿大学奈良キャンパス
京都府 京都大学芦生演習林
和歌山県 龍神村護摩壇山
『世界のカトカラ』では奈良県は空白になっていたが、一応奈良県にも記録はあるみたい。滋賀県と三重県は分布するとされているが、記録を拾えなかった。でもミズナラの分布図からすれば、少なくとも滋賀県には居そうだな。
兵庫県内では記録が多い。西播から但馬地方などの西側北部に限られるが、生息地での個体数は多いようだ。
日本国外では、沿海州(ロシア南東部)、樺太、朝鮮半島、中国(四川省北部・甘粛省南部)に分布する。
【成虫出現月】7~9
7月から出現し、10月頃まで見られるが、新鮮な個体が得られるのは8月初めまでのようだ。
【生態】
ネットを見ていると、その殆んどが灯火採集によって得られている。飛来数は多く、クズ扱いされてる感じだ。特に東日本では、居るところにはドッチャリいるみたいだね。東日本では、普通種扱いになってるのも理解できる。
西尾規孝氏の『日本のCatocala』に拠れば、低山地ではクヌギ、ヤナギなどの樹液によく集まる。しかし、標高の比較的高いミズナラ帯では採餌行動は殆んど観察されていないそうだ。
どうりで標高の高いブナ林帯では糖蜜に寄って来なかったワケだ。ただし、その場所に分布していたのかどうかはワカンナイけど。
日中は頭を下にして樹幹や岩などに静止している。驚いて飛翔した時は上向きに着地して、数10秒以内に姿勢を変えて下向きになるという。また、着地するのは飛び立った木とは反対面に止まることが多いらしい。この行動パターンはマメキシタバと全く同じなんだそうな。
マメキシタバって、そうだったっけ❓
昼間にそれなりの数を見ている筈だが、記憶にない。
おそらくは敏感で、すぐに飛び立ち、小さいから見失ってしまうのだろう。それに所詮はマメなので、フル無視だ。追いかけて探したりまではしないもんね。
【幼虫の食餌植物】
主要な食樹はブナ科コナラ属のミズナラとカシワ。
だが『日本のCatocala』によると、低山地(長野県の標高700~1000m付近の谷沿い)ではクヌギ、コナラも食樹になっているようだ。但し、ミズナラの場合よりも遥かに幼虫は少ないという。
つまり、幼虫の主な生息地は山地のミズナラ帯である。長野県の白馬村や大町市といった標高1000mのカシワ林ではマメキシタバ、ヒメシロシタバと混生する場合があるが、どのような場所でも主要な発生木はミズナラみたいである。
飼育する場合、コナラ属(Quercus ssp,)全般が代用食になるという。幼虫は樹齢15~40年の木によく付き、標高の高いところでは巨木に発生することもあるそうだ。
【幼生期の生態】
もう、ここは全面的に西尾氏の『日本のCatocala』に頼る。だいちと云うか、そもそもが幼虫期に関してここまで詳しく書かれたものは他に無いのだ。
卵から孵化後、幼虫はマメキシタバと同じく暫く動き回り、物に糸でぶら下がって静止していることが多い。
終齢幼虫は5齢。飼育すると、ごく一部が6齢に達するという。昼間、若齢から中齢幼虫は裏に静止している。終齢になると、太い枝や樹幹に降りてくる。
野外での終齢幼虫の出現時期は、長野県の低山地で6月上・中旬。1600mの蓼科高原では6月末~7月上旬。
(出展『フォト蔵』)
野外で見つかる幼虫には色彩変異があり、濃淡の強い個体や全体が暗化したり、淡色化した個体までいるんだそうだ。
幼虫はマメキシタバの幼虫と似ていて、高標高のものは白っぽくて殆んど区別できないものもいるという。マメキシタバとの識別点は腹部下面に列生する肉突起。いわゆるフィラメントの有無による。マメキシタバにはフィラメントがあるが、エゾシロにはないそうだ。
これだけ幼生期を詳しく調べられている西尾氏でも、蛹化場所についての知見は無いという。普通カトカラの蛹は落葉の下から見つかるから、発見できないのはちょっと不思議だね。
成虫も幼虫も生態面諸々がこれだけマメキシタバに似ているとなると、無視できないものがある。
学名の項で既に触れているが、もう一度両者について考えてみよう。
と思ってたら、『世界のカトカラ』の末尾に別項で言及されているのを見つけた。
見る時はいつもテキトーにパラパラやってるから、全然気づかなかったよ。けど、タイミングが良いと云えば良い。知らずに全て書き終えた後に気づいてたら最悪だったもんね。本を持っているのに見てないだなんて、アイツは能無しだとバカにされること明白だわさ。
『闇の中の光』と題した文中の「外見が著しく異なる近縁種」のページから抜粋しよう。
「マメキシタバ duplicataーエゾシロシタバ dissimilis
以前からこの2種は近縁と言われてきた。確かに成虫は後翅が黄色いか黒化しているかで、基本的な斑紋パターンやゲニタリアは似ている。幼虫も似ている。外観的には、前述の北アメリカの3組(※)とほぼ同様であり、類縁関係はある筈なのだが、ミトコンドリアDNA、ND5の塩基配列では明瞭な類縁関係は認められない。おそらくCatocalaが最初に一斉に適応放散した頃にこの2種は種分化し、その後あまり形態的変化を生じないまま今日に至っているのではないだろうか。」
※後翅が黄色と黒と著しく異なる近縁種の組合せ
Catocala consores ━ Catocala epione
Catocala palaeogama ━ Catocala lacrymosa
Catocala gracilis ━ andromedae
の3組のこと。
えーい、こんなんじゃ解りづらかろう。
図鑑の画像ばっかパクってるので心苦しいが、ブッ込む。
(出展『世界のカトカラ』)
ようは一見すると遠縁に思えるが、共通の祖先種から各々分化したと予想されると云うことだ。上翅の斑紋を見ると、それが何となく解る。
また、次のコシロシタバとヒメシロシタバの項にもマメとエゾシロについて触れられている。要約しよう。
「ユーラシア大陸にはコシロシタバ、ヒメシロシタバ、エゾシロシタバ、ターキィクロシタバ、C.nigricans(アサグロシタバ)、チベットクロシタバ(C.xizangensis)という5種類の後翅が黒化したカトカラがいる。」
と、ここで早くも躓く。
アサグロシタバ❓、チベットクロシタバ❓(・。・)何だそりゃ❗❓
ちょっと待て。ユーラシア大陸には黒い下翅のカトカラは、エゾシロシタバ、コシロシタバ、ヒメシロシタバを除けば、ターキィクロシタバしかいないと思っていたけど、他にもおるんかい❗❗
ネットの『ギャラリー・カトカラ全集』にも「北アメリカに後翅が黒化したカトカラが多いが、旧大陸ではターキイクロシタバと本種の2種が後翅が黒化したカトカラとして知られているだけで…」とあったから、ターキィのみだとばかり思ってた。でも、そうじゃないんだ❓ここまで来て、青天の霹靂の急展開じゃないか。おいおいである。
早速、慌てて図版を見返す。
(-“”-;)あった…。
でも何じゃそりゃである。
【コシロシタバ&ヒメシロシタバ】
(出展『世界のカトカラ』)
気が引けるし、裏面くらいは自分の画像を使おう。
【コシロシタバ裏面】
【アサグロシタバ&チベットクロシタバ】
(出展『世界のカトカラ』)
チベットクロはバカでかいものの、何のことはない、コヤツらみんなコシロシタバと殆んど同じである。
コシロとヒメシロシタバのページに埋もれてて、見逃しておったわ。我ながらダセーな。
いやいや、ちょと待て、ちょと待て、お兄さん。
もしかしたら、コシロ、ヒメシロ、アサグロ、チベットクロの何れかがエゾシロシタバの学名「dissimilis」の似ているが非なる者の語源になったカトカラかもしれない。灯台もと暗し。盲点じゃったよ。まさかコシロやヒメシロとは考えもしなかった。両者とエゾシロとは上翅の斑紋パターンが違うし、地色や下翅の白紋の位置も違うのだ。
もしそうだったとしたら、🎵チャンチャンのオチじゃないか。まあ、解決すればスッキリするから、それはそれで良いんだけどさ。
(|| ゜Д゜)あちゃー。
けど、それも有り得ない。
コシロの記載年は1874年。ヒメシロが1924年でアサグロは1938年。そしてチベットクロが1991年なのだ。何れもエゾシロシタバの記載年1961年よりも後の記載なのである。
又もや謎は解けなかった。益々もって混迷は深まるばかりだ。
話を石塚さんの文章に戻そう。
「それら(下翅の黒いカトカラ)に対応する後翅が黄色い種がいると考えたが見当たらない。外観からコシロシタバとアミメキシタバ、ヒメシロシタバとヨシノキタバが近い関係とも推測されたが、ゲニタリア(交尾器)が全く違う。この点から従来の常識では類縁関係は認められない。
しかし、日本産のカトカラをDNA解析した結果、コシロシタバとアミメキシタバ、またヒメシロシタバとキシタバに僅かながらの類縁関係が認められた。もしこの結果が正しければ、交尾器の相違は類縁関係を反映していないことになる。」
この結果に対して石塚さんは、こう見解されている。
「地史的に比較的新しい時期に種分化したものはゲニタリアは似ているが、古い時期に種分化したものはゲニタリアにまで著しい違いが出てくる可能性があるのかもしれないが、全くの謎である。
現時点では、マメキシタバとエゾシロシタバもアミメキシタバとコシロシタバもそれぞれ互いの類縁関係はないと解釈するしかない。後翅の黒化は、北アメリカでは地史的に比較的最近の出来事であるが、旧大陸ではかなり古い時代にいろいろな系統内で生じたのではないかと思われる。」
DNA解析の結果ではマメキシタバとエゾシロシタバは類縁関係はないとされるが、互いの成虫の交尾器、形態、大きさ、生態は似ているし、幼虫の形態・生態も似ている。つまり、どう考えても近縁種と思われるのに、類縁関係が無いとはどうゆうこっちゃ❓と云うワケだ。
確かに謎だよね。
石塚さんが「DNA鑑定が100%正しいかどうかは分からない。」云々みたいなことをおっしゃっていた意味がようやく解った気がするよ。自分もDNA鑑定が十全で、絶対だとは思わない。種を規定するにはDNAだけでなく、総合的な観点が必要だと思う。カトカラではないが、外部形態に差異が見出だせないのに、DNAは全然違う昆虫だっているみたいなんである。ならば肉眼では区別できないと云うことだ。そもそも種の分類とは、人間が区別するためにあるものだろう。それだと意味ないじゃないか。意味ないは言い過ぎかもしれないけど、目で区別出来ないものを別種とするのには抵抗感がある。
そう云えば思い出した。オサムシのDNA解析の結果を論じた中で、平行進化という言葉があったな。
平行進化とは、異なった種において似通った方向の進化が見られる現象を指し、その進化の結果が収斂となる場合があるという説。簡単に言うと、全く別系統な種が、例えばカタツムリを餌とすることによって、より容易(たやす)く餌を摂取する為に進化し、首が伸びるとかアゴが強大化して、結果、互いの外観が似ちゃいましたーって事ね。
でも、一部のカトカラの下翅が黒くなる理由を明確に答えられる自信がないし、平行進化を何にどう宛がっていいのかもワカンナイ。これ以上、変なとこに首を突っ込みたくない。やめとこ。
話は戻るが、もう一度DNA鑑定をやったら、また違った結果が出たりしてね。最初にDNA鑑定をしてから年数が随分と経っている。その時よりも手法や精度だって進歩してる筈だし、今なら、より正確な事が分かるんじゃないかな?誰か、やり直してくんないかなあ。
おしまい
追伸
謎が解決するどころか、益々謎が深まっちゃったよ。
前回、ボロクソ言ったけど、エゾシロシタバって奥が深いわ。エゾシロちゃん、ゴメンね。
今年はまた違った観点でエゾシロシタバに向き合えそうだ。糖蜜がどこまで通用するかも試してみたい。
今回は、石塚さんの『世界のカトカラ』と西尾則孝氏の『日本のCatocala』に頼りっきりで書いた。お二人の偉大さを改めて感じたでござるよ。末尾ながら感謝である。
それにしても、結局またクソ長くなったなあ。
エゾシロシは一番楽勝で書き終えられると思ってたのに大誤算だわさ。
追伸の追伸
エゾシロシタバの小種名dissimilisは、どの種を基準にして名付けられたかと云う問題に対して、松田真平さんから以下のような回答を戴いた。
「エゾシロシタバの学名は、オオシロシタバCatocala laraに似ているということでCatocala dissimilisと名づけられたのではないでしょうか。1861年にBremerが、東シベリアからアムール付近からもたらされた採集品をタイプ標本にして記載した3種のCatocalaの中で、この2種が色彩的に似ているという意味だと思います。もう1種のオニベニシタバは色彩的に無関係ですね。」
まさかだが有り得るよね。
真平さんは追記で、次のような見解もされておられる。
「カトカラ類が世界で初めて記載された時の三種。後翅表面が白黒で近いというだけですが、この時は時代的にまだそういう研究段階なのだろうと。原記載を読めばさらに面白いと思うのは私くらいかなあ。」
ようするに、昔はアバウトだったって事か。まあ、そう言わてみれば、そんな気もする。昔のまだ色んな事がわかっていない時代の観点と今の色んな事がわかっていて、それが当たり前だと云う立ち位置とでは、当然モノの見方も変わってくるもんね。
一応補足すると、世界で初めて記載されたカトカラ3種と云うのは世界でと云うワケではなくて、エゾシロ、オオシロ、オニベニの事を言うてはるのかなと思います。因みにカトカラで一番古い記載は、たぶん1755年のコオニベニシタバ Catocala promissa。
【Catocala promissa】
(出展『世界のカトカラ』)
追伸の追伸の追伸
オオシロシタバの解説編の為にネットで色々と調べていたら、こんなんが出てきた。
(出展『Bio One complate』)
カトカラのDNA解析だ。
あっ、表題を見ると『Molecular Phylogeny of Japanese Catocala Moths Based on Nucleotide Sequences of the Mitochondrial ND5 Gene』となっている。
そっかあ…、コレが石塚さんが新川勉さんに依頼したというDNA解析かあ…。探したけど、全然見つからんかった論文だ。
コレを見ると、オオシロシタバとエゾシロシタバの類縁関係がそこそこ近いじゃないか。
だとするならば、Bremerさんがオオシロに近いと感じてエゾシロに「dissimilis」と云う学名をつけたのは慧眼だったのかもしれない。
とはいえ、DNA解析が本当に正しいかどうかはワカンナイけどね。
(註1)蝦夷
Wikipediaには、以下のような解説がある。
「蝦夷(えみし・えびす・えぞ)は、大和朝廷から続く歴代の中央政権から見て、日本列島の東方(現在の関東地方と東北地方)や北方(現在の北海道地方)などに住む人々の呼称である。中央政権の支配地域が広がるにつれ、この言葉が指し示す人々および地理的範囲は変化した。近世以降は北海道・樺太・千島列島・カムチャツカ半島南部にまたがる地域の先住民族で、アイヌ語を母語とするアイヌを指す。大きく「エミシ、エビス(蝦夷・愛瀰詩・毛人)」と「エゾ(蝦夷)」という2つの呼称に大別される。」
(註3)たぶん四国でも稀だと思われる
1970年代と古い時代の資料だが、以下のような記述を見つけた。
「石鑓山系(小島,1964)や 剣山(永井・富永,1971)など四国中央山地に分布が知られていたが、香 川と徳島の県境に位置する阿讃山地の尾根にも広く分布するようでもあり,県下(香川県)のカトカラの中で は比較的個体数の多い種である。」(「四国の蛾の分布資料(1)香川県のカトカラ」増井武彦,1976)
やはり中央山地には結構いるんだね。
ブログなどにも割りとエゾシロは出てくるから、どうやら四国での分布は広いようだ。しかし、そんなに多いものでもない旨の文章もあった。