奄美迷走物語 其の2

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 第2話『沈鬱の名瀬』 後編

 
何となく物事が上手く流れてないなと感じながら店の外に出た。明日は朝仁に移動しなければならないので、取り敢えずはバスの停留所を探しに行く。
けれども郵便局前のバス停が見つからない。地元の人に声をかけて教えてもらったところは確かにバス停ではあったが、朝仁方面ゆきのバスが無いのだ。ワケわかんねー(´-﹏-`;)
なので明日泊まる宿にLINEで訊いてみた。けれど直ぐには返答がない。仕方なく今日の宿に向かって歩く。途中の入舟町が次のバス停であろうから、道すがら探せばいいだろう。

バス停を何とか見つけたところでLINEが入った。近いから明日は名瀬まで迎えに来てくれるという。✌️(•‿•)ラッキー。流れがよくなってきたんじゃないのー。

 

 
「グリーンストア」の前まで来た。
ここは24時間スーパーで、宿からも近いから随分と世話になった。よく酔っ払った帰りに寄って無駄に惣菜とか買って帰ってたよなあ…。

 

 
「旅館 あづま家」。
より色褪せたような気がするが、見覚えのある景観だ。そうそう、周囲の民家と同化してるから見落としそうになるんだったわさ。横の釣具屋の方に、つい目がいっちゃうんだよね。2011年は奄美に船で着いてからの宿探しだったから、ネットで探して電話で場所を聞いたんだけど、もしも釣具屋が目印だと聞かされていなかったら絶対見落としてたと思う。

 

この入口も懐かしい。完全に普通の民家なのだ。

中で宿の婆さんと話す。
今日の客はオラだけみたい。コロナの影響で客は激減したという。宿代は素泊まり2500円の激安だから、前は長期滞在の工事関係の人なんかも結構泊まってた。けれど公共事業も激減しているらしく、コロナとのダブルパンチで客足はサッパリだという。そんなワケだから、息子には早く宿を畳めと言われているとオバアはとつとつ喋る。
何だか悲しくなってくる。次に奄美に来た時には、きっと廃業しちゃってるんだろなあ…。こんなところにまでコロナの影響が及んでるんだね。ホント、コロナ憎しである。
 
渡された鍵は209号室だった。鍵に何となく見覚えがある。
ここは2階が客室になっており、共用の冷蔵庫なんかもあって何かと便利なんだよね。

 

 
部屋には完全に見覚えがあった。
たぶん一番最初の採集行の時には、この部屋に長期間泊まっていたのだ。

 

 
この押し入れもハッキリと記憶がある。
持ち帰ったクチナシの実をタッパーに入れて此処に置いといたら、翌日には美しいイワカワシジミ(註1)が羽化していたのだ。

 
【イワカワシジミ Artipe eryx ♂】

(2011.9.19 奄美大島)

 

(左下の個体はインドシナ半島のもので、他はたぶん日本産)

 
取り敢えず、そのイワカワシジミを探しに行くことにする。
天気は悪くともイワカワだったら採れる可能性がある。食樹であるクチナシの木に止まっていることが多いからね。それにクチナシの実があれば、蛹や幼虫が入っているものがあるかもしれないし、卵が産んであるものだって見つかるかもしれない。

 
【クチナシの実と卵】

 
【幼虫の開けた穿孔跡のある実】

 
だが、丹念に見るも姿無し。
実もどれも黄色く変色してしまっていて、どうみても既に成虫が羽化した後のものだ。しかも時間がだいぶ経っている古いモノのように見える。
最後に民家のクチナシの大木を見に行く。2011年、そこでイワカワの蛹が入っている実を沢山採ったんだよね。そういや家のオジーとオバーがとても親切で、有難いことにわざわざ高枝切り鋏を持ってきて、指定した枝をジャンジャン切り落としてくれたんだよね。

だが、此処も全く姿なし。蛹や幼虫が入っていそうな実は1つも無く、卵が付いてそうな実も全く無かった。そして、家には人の気配がなく、ひっそりとしている。おそらく廃屋になっているのだろう。オジーとオバーは高齢だったので亡くなられたのかもしれない…。
寂寥感に満たされ、佇んで悄然と空を仰ぐ。胸が痛む。
それに此処にイワカワが居なければ、厳しい状況下にあることを受け止めざるおえない。此処が一番有望なイワカワのポイントなのだ。何だかなあ…。

一応、夜に灯火採集する場所の下見にも行く。
あわよくばアカボシゴマダラ(註2)が飛んで来ないかという淡い期待を持ちつつ登山口に取り付く。

 
【アカボシゴマダラ Hestina assimlis ♂】

(2011.9月 奄美大島)

 
懐かしい急坂を登り、山へ上がる。2011年は何度もこの坂を上がったっけ…。宿から近いから、帰りがけによく寄った。
しかし海から近いゆえ尾根にはモロに風が当たっており、平地と比べてかなり強い風が吹いている。勿論、アカボシの姿はない。これだけ風が強いと蝶が飛ぶことなど望むべくもない。
何だかなあ…。

部屋に帰り、ぼんやりとTVを眺める。
いっそライトトラップなんてやめてやろうかと思う。
日が暮れたら、とっと居酒屋「脇田丸」に行って、酒かっくらって板前のタケさんとバカ話でもしたいというのが正直な気持ちだ。そもそも、わざわざ名瀬に一泊したのはその為でもある。脇田丸に行き、タケさんに会い、アバスの唐揚げを食わねば奄美に来たことにはならない。

だが、グッとその誘惑を抑え込み、日暮れ前に灯火採集の仕度をして出る。
こうゆうツマラン場所でトットとアマミキシタバ(註3)を採って、蝶採りに専念したいところだ。ただでさえ夜の山は怖いのに、ここ奄美には本ハブ殿がいらっしゃるのだ。しかも奄美大島の本ハブ(註4)は最強だと言われており、沖縄本島の本ハブよりも巨大で、性格も凶暴。オマケに毒性も強いとされておるのだ。本ハブは夜行性だかんね。オジサン、涙チョチョ切れ(T_T)で、チビりそうじゃよ。

車に轢かれた直後のものだが、コレ見てよ。

 

(2011.9月 奄美大島)

 
蒲生崎だったけど、優に2mはあったんじゃないかな。
太さは軽くワテの手首以上くらいはあったから、もう大蛇と言っても差し支えないようなものだったっすよ。マジでぇー。

あのねー、あまりにも怖いから、今回は流石にワークマンで折りたたみの長靴を買って履いてきたもんねー。

 

 
風が強いので、当初予定していた場所を諦めて、鞍部にライトを設置する。

 

 
フラッシュを焚かないで撮ると下の写真みたいな感じになる。
周りが如何に暗いか御理解戴けるかと思う。街から近くとも、山へ入るとこれだけ暗いのだ。原始林なんかだと、きっともっと真っ暗けなんだろなあ…。ヤだなあ。

 

 
正直、光量がメチャンコしょぼい何ちゃってライトトラップである。でも、コレしか持ってないんじゃもーん。

点灯後に周りの木に糖蜜を霧吹きで吹き付けてゆく。
いつもは普通の酢を使っているが、今回は奮発して効果が高いとされる黒酢をふんだんにブチ込んでやったスペシャルレシピだっぺよ。アマミキシタバは糖蜜トラップやフルーツトラップにも来るということだから、ライトトラップがダメでもコレで何とかなるっしょ。

しかし、何ちゃってライトには笑けるくらい蛾が寄って来んぞなもし。
やっと大きな蛾が来たと思ったら、オオトモエだった。しかも折からの強風に煽られ、(^。^;)あらら…、飛ばされていってもうた。

 
【オオトモエ Erebus ephesperis】

 
別にオオトモエなんぞどうでもいいけど、何か小さかったから亜種かもしんないと考えたのよ。なんで一応採っておこうかなと思ったのさ。

そして糖蜜トラップに至っては全く何も来ん。
何だかなあ…。

午後9時前には一旦諦めて、ライトをそのままにして脇田丸へと向かう。タケさんと話して楽しく過ごせたら、流れも少しは良くなるかもしれない。もしかしたら11時くらいに様子を見に戻ってみたら、死ぬほどアマミキシタバが集まって来ているやもしれぬ。で、とっと撤収。タケさんと飲みに行くのだ。そうだ、吉田拓郎大好きのダメ男フクちゃんも呼ぼう。でもって朝まで痛飲じゃい❗何事も前向きでいこうじゃないか。

 

 
店構えは概ね同じだが、雰囲気が前と少し違う。たぶん暖簾が新しくなっているからだろう。

再会を期待して店内へ入る。
けど、厨房にタケさんの姿が見えない。休みかなあ…。
確認のために店員を呼び止め、訊いてみる。

(ノ゚0゚)ノえーっ❗、タケさんやめたってかあー❗

腱鞘炎になって1年半ほど前にやめて、今は土方をやっているらしい。
呆然としたままヨロヨロとカウンターに座り、オーダーを取りにやって来た店員に力なく生ビールと答える。

 

 
ヤケクソ気味で一気にゴクゴク飲む。
悲しいかなビールだけは何があっても旨い。裏を返せば有難いことだ。まあビール飲んでりゃ、そのうち御機嫌になるだろう。そう思わなきゃ、やってらんない。
でも追い打ちをかけるように、出されたお通しの大根が信じられないくらいにスジだらけだった。史上サイテーにクソ不味くって半泣きになる。

 

 
キレそうになるが、気持ちを切り替えてメニューを見る。

 

 
幸い「アバスの唐揚げ」は、まだメニューにあった。
けれど値段が690円と高なっとるやないけ。前は490円だった筈だよな。
(-_-メ)ったくよー。どこまでも逆風アゲインストじゃないか。
まあいい。アバスさえ食えれば、そんな瑣末事なんぞ簡単に許せる。アバス様はブリブリの歯応えで、味はとっても上品なんだけど旨味があり、下手なフグの唐揚げなんかよりも数段旨い代物なのだ。
言っておくと、アバスとは奄美の方言でハリセンボンの事をいう。但し、厳密的にはハリセンボンそのものではなくて、近縁のネズミフグやイシガキフグとかの大型フグだろう。タケさんにアバスで作ったフグ提灯みたいなのを見せられたけどデカかったもん。ハリセンボンみたく体型は丸くなく、もっと細長かったから間違いないだろう。

やがて待望の「アバスの唐揚げ」が運ばれてきた。

 

 
見た瞬間に悪い予感がした。
見た目が記憶とは全然違くて、あまりヨロシクないのだ。色が悪いし、匂いからすると、おそらく悪い油で揚げたものだろう。しかも揚げ加減は明らかに技術未熟な者の仕事のように見える。盛り付けにも微塵のセンスも感じられない。

食うと案の定だった。
アバスそのもののポテンシャルは悪くないのだが、解体の仕方が悪いから食べにくいし、油っぽくて揚げ方は最低レベルだ。

因みに、タケさんの調理だとこんな感じだった。

 

 
盛り付け的にも如何にも美味そうだし、下に網があるから油切れも良い。っていうか、それ以前にカラッと揚がってた。
怒りを超えて悲しくなってくる。

コレだけではお腹は満たされない。次に何を頼もうかと迷ったが、メニューを眺めていても何ら期待させられるモノがない。お通しとアバスの唐揚げの状態からして、どうせ結果は目に見えている。憤ること確実だ。

さんざん考えた挙句、「漁師めし」を頼むことにした。
刺身系ならば、まだしも失敗は少ないと判断したのである。

 

 
こんなんだったっけ❓
コレも見た目は違ってたような気がするぞ。
まあいい。腹が減ってるから取り敢えず食べよう。醤油をブッかけて食う。
(ー_ー;)……。

 

 
気を取り直して、真ん中の黄身を潰して食べる。
(ー_ー;)……。
何だか甘ったるくて、全然旨くない。何ゆえにこんなにも甘いのだ❓明らかに記憶の味とは違う。
じゃあ、十年前のアレは何だったの❓スマホで、その時の画像を探す。

 

 
あったけど、(・o・)アレっ❓ご飯がないぞ。
でもコレ見て思い出してきた。この時は漁師めしの飯抜きにしてもらって、ツマミにしたんだったわさ。あと、確かこの時は海がシケ続きで魚が入ってこなくて、タケさんが養殖の黒マグロの良いところをふんだんに使ってくれたんだった。量も多くてトロ鉄火みたいになってたんだよね。
この記憶から甘いという疑問も解けた。タケさんが、いつも特別に普通の醤油を出してくれていたのだ。スッカリ忘れてたけど、実を言うとコッチの醤油は砂糖が大量に入っていて、ベタ甘なのだ。人のせいにはできないけど、何か腹立つわ。

腹はそれなりに膨れたが、虚しい。
11時くらいまでは居るつもりだったが、耐えられなくて10時には店を出た。

再び夜の山へと戻る。
勿論、アマミキシタバが大量にやって来るなんて奇跡は起こらず、ショボい蛾が数頭いただけだった。
取り敢えず見たこと無さそうな奴(註5)を投げやり気分で毒瓶にブチ込む。

 

 
暗闇から街を望み見る。

 

 
何処か違う世界、異次元空間に知らないうちに迷い込んだかのような錯覚に陥る。闇はいつでも人間社会との境界を曖昧にする。

やがて風が益々強くなってきた。たぶん風速は軽く10mは越えていて、最大瞬間風速は18mくらいはありそうだ。
༼;´༎ຶ ۝ ༎ຶ༽逆風烈風やんけ。

 

 
オマケに灯火採集の敵、月まで出てきやがった。

11時半、撤収。
何だかなあ……。

                         つづく

 
追伸
サラッと書くつもりが、どんどん思い出すことが出てきて長くなった。(◡ ω ◡)先が思いやられるよ。
尚、当ブログに『西へ西へ、南へ南へ』という2011年の奄美旅の文章があります。よろしければ、ソチラも読んで下され。
あっ、ついでに言っとくと、イワカワシジミについては第十三番札所『梔子(くちなし)の妖精』の回にて取り上げとります。

 
(註1)イワカワシジミ

【奄美大島産 春型】

 
(裏面)

(出典 2点とも『日本産蝶類標準図鑑』)

 
イワカワシジミは、日本では奄美以南に棲息し(現在は屋久島にも生息するが放蝶由来との噂あり)、蝶好きの間では人気の高い美蝶だ。裏面は日本には他に類を見ない綺麗な翡翠色で、優雅な長い尾っぽを持ち、南国の妖精という言葉がピッタリで可愛らしい。

奄美大島のイワカワシジミは亜種にこそなっていないが、かなり特徴的な姿をしており、表の前翅と後翅の亜外縁に白斑列に表れる。特に第1化の春型の♀の下翅はそれが顕著で、気品があって美しい。

国外ではインドからインドネシア、中国、台湾などの東洋熱帯区に広く分布する。日本でも個体数はそう多くはないが、インドシナ半島では更に少なくて珍品とされているようだ。
とはいえ、ラオスとかタイでちょこちょこ採っているから、ホントなのかな?と思う。因みに日本のイワカワシジミより遥かにデカイゆえ、とても同種とは思えまへん。

 

(2014.4.7 Laos oudmxay)

 
これじゃ、大きさがワカランね。
でも、しっぽ(尾状突起)がより長いのはお解りなられるかと思う。しかも太くて白いし、白帯の領域も明らかに広い。

他にも画像があった筈だから、探してみよう。

 

(2016.4.28 Laos oudmxay )

 
この画像なら、大きさも解って戴けるのではないかと思う。とはいっても、蝶好きな人しかワカランか…。

 

 
これは同日に採った別個体。天女のように美しいね。
どうやらインドシナ半島とかのクチナシの実は大きいから、その分だけデカくなるらしい。噂では超バカみたいにデカイ亜種だか近縁種だかがいるらしい。
意外だったのは、何れも川辺に吸水に来た個体だった事だ。そういえばタイでもそうだった。イワカワが吸水に来るなんて日本では殆んど聞いたことがなかったから驚かされた記憶がある。確か画像の個体は全て3時以降の夕方近くにやって来たような覚えがある。

 
(註2)アカボシゴマダラ
従来、日本では奄美大島と加計呂麻島、徳之島のみに分布していたが、近年になって関東地方で中国の原記載亜種が放蝶され、凄い勢いで分布を拡大している。
この亜種、赤紋がピンクで、しかも輪が醜く崩れているというアカボシゴマダラの名前を穢す許し難いブサいくな奴である。放した者は万死に値すると言いたい。どうせ放すなら、あんなドブスじゃなくて、クロオオムラサキとか放せよなあー。
それはそれで問題あるとは思うけど…(笑)。

 
(註3)アマミキシタバ

【Catocala macula】

(出展『日本産蛾類標準図鑑』岸田泰則)

 
開張60〜66mm。国内の他のカトカラ(シタバガ属)よりも前翅長が突出する。
従来は別属とされていたが、現在はカトカラ(Catocala)属に分類されている。
分布は主に奄美大島だが、他に徳之島、屋久島、沖縄本島でも記録がある。そういや去年には九州南部からも記録が出ていた筈だね。国外では台湾、中国南部からインド北部、スリランカ、インドシナ半島、フィリピン、インドネシアに分布する。

 
(註4)奄美大島の本ハブ
何かで読んだけど、奄美大島の本ハブと沖縄本島の本ハブとでは毒の成分が違うらしく、奄美の方が毒性が強いようだ。DNA解析の結果でも両者はかなり古い時代に分岐したようで、近い将来、両者は別種扱いになる可能性もあるという。
あっ、うろ憶えの情報だから、間違ってたらゴメンナサイ。

 
(註5)取り敢えず見たことの無い奴
たぶん上の画像がカワムラトガリバで、下はツマジロエダシャクかな。コレも間違ってたらゴメンナサイ。

 

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投稿者:

cho-baka

元役者でダイビングインストラクターであり、バーテンダー。 蝶と美食をこよなく愛する男。

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